【報告】気候危機×裁判 神戸石炭訴訟WEB報告会を開催しました(2020/05/22)
5月22日(金)、神戸石炭訴訟で初めてとなる、WEB報告会を開催しました。
新型コロナウイルスの感染拡大により、裁判所においても感染拡大防止のため、予定されていた当面の裁判期日が延期となりました。また、裁判を再開したとしても感染予防策により、これまでと同じ人数を法廷に収容することは難しい状況です。さらに、期日報告会も同様で、対面・集合形式で開催してきたため、影響を受けます。こうした状況を受け、早急に訴訟を支援する新たな形を構築し、原告・弁護団をサポートする必要がありました。そこで、新たにWEBを活用した報告会、訴訟概要を紹介する企画を行うこととしました。
今回、弁護団を中心に、裁判の概要、これまでの経過報告を行いました。
2つの未来につながる裁判
弁護団の杉田弁護士より、神戸製鋼石炭火力訴訟の背景、概要説明がありました。
今回の裁判は、大型石炭火力発電所の建設を問うもので、ポイントは大きく3つあります。
第一に大気汚染、地球温暖化という環境影響の問題です。石炭火力発電は、他の火力発電と比較して、大気汚染物質、温室効果ガスを多く排出します。住宅街からわずか400mの距離で、かつての大気汚染公害地域で改善の取り組みが今も続けられている場所に130万kWの石炭火力発電所を建設・稼働することになります。原告らは建設計画の必要性に疑問を感じ、声をあげてきました。また、気候危機の深刻化を受け、脱石炭の必要性が世界で認識され、取り組みが加速しているなかで、新たに石炭火力を建設する必要はないと考えています。
第二に民事訴訟、行政訴訟と、2つの裁判を提起している点です。民事訴訟は神戸製鋼ら3社を被告とし、「(発電所を)作るな、動かすな、動かさせるな」を求めるものです。行政訴訟は建設計画を認めた国の判断が誤りで、取り消すよう求めています。
第三に、2つの裁判では、未就学児や、親子、孫が暮らすことになる地球環境を守りたい方など、多世代の方々が原告となっていることから、次世代を意識した「未来につながる裁判」となっている。と、説明がありました。
国の政策、法規制の不備を問う行政訴訟
続いて弁護団長の池田弁護士より行政訴訟の概要説明がありました。
提訴の背景にある問題意識として「臭い匂いは元から絶たなきゃダメ」という発想があります。石炭火力発電所の新設計画が相次ぐ背景には、日本の消極的な気候変動政策と、その政策のもとで構成されている法制度に問題がある。その法制度を根本的に改めるために、行政訴訟では、エネルギー政策、発電所アセスメントを所管している経産省を被告としている。
Q:法制度の不備とはどんなことか?
法制度の前に、まず政策がある。気候変動を止めるためには、世界の市民、企業、政府が一緒になって止めないといけない。しかし、今回の新型コロナウイルスの感染拡大における日本政府の対応でも明らかであるように、目前に迫った問題ですら適切な対応がとれていない。長期の対策を要する気候変動政策についても、パリ協定にコミットメントしているものの、2030年の電源構成において石炭火力の割合が26%とされている。石炭推進の政策で、気候変動対策に消極的姿勢で、諸悪の根源であり、政策転換が遅れている。
法制度としては、石炭火力発電所を建設する際に必要な手続きに不備がある。学校の授業に例えて言うならば、「環境レポート(環境影響評価:環境アセス)」という1科目のレポートを提出しただけで、火力発電所の建設を認める制度になっている。しかも、採点基準は、パリ協定前の古いものだ。さらに、採用される技術に対する評価(BAT)も甘い。そして、先の2つの基準を守ったとしても、2030年26%削減(2013年比)、2050年80%という温室効果ガスの削減目標を達成することが困難だ。
大気汚染に関する環境アセスメントについても、PM2.5の評価をせずとも、合格することができる。PM2.5がどれだけ排出されて、どのように拡散するのか予測・評価が困難として、SPMだけにとどまっている。一方、米国、EUなどでは評価対象として定められている点で大きく異なる。
Q:裁判所の役割とは?
行政を被告とする行政訴訟における勝訴は、日本の現状では容易ではない。裁判手続上の規制が厳しいこと(原告適格…訴える権利を有する対象であると認められることが厳しいこと)を前提に、原告側としては、それでもできるだけ裁判所に踏み込んだ判断をしてほしいと願っている。気候変動の問題は、市民、一人ひとりの人権に関わる深刻な問題だ。その人権を守るための基準が、甘く、不十分な状況で、時代遅れで不合理なまま放置されている。こうした行政の怠慢は、人権問題として捉え、違法な状態にあると考えている。裁判所は、単なる政策の問題として考えるのではなく、人権の問題として踏み込んで判断することを求めていきたい。
発電所の建設・稼働差止を求めて
民事訴訟は事業者を相手に提起したものです。原告は計画地周辺に住む神戸市民を中心に41人。被告は、神戸製鋼所、コベルコパワー神戸第2、関西電力の3社になる。コベルコパワー神戸第2は、神戸製鋼所の子会社です。現在、発電所は建設中で、コベルコパワー神戸第2が資金調達を行い、建設を行っている。将来的には、コベルコパワー神戸第2が所有することになる。完成後、発電所を運転するのは神戸製鋼に委託することになっている。裁判では、発電所を建てないでください、建設後も動かさないでくださいということを求めている。発電された電気は、関西電力に売電されます。関西電力に対しては、発電指示を出さないでということを求めています。
Q:請求の法的な権利や根拠は?
主に2つあり、大気汚染と気候変動の面です。大気汚染については、特にPM2.5です。粒子が細かいことから、肺の奥深くや循環器系に健康への影響が懸念されます。気候変動の面では、気温が上昇することで熱中症のリスク、雨の降り方が変わって、洪水や土砂災害による被害などが生じる懸念があると訴えている。
Q:被告3社の関係性は?
神戸製鋼と関西電力には電力需給契約を通じて、強い結びつきがあり、一体性があると見ている。30年間の長期間にわたり、電力の売買を行うことになっている。契約に基づいて、関西電力が発電電力を通告し、発電所を稼働するという形になっている。通告に基づいて通告どおりの量を神鋼・コベルコパワーが発電する義務があること、工事や定期点検の実施等についても関電の許可、承諾を得る必要があるなど、厳しい制約があり、違反した場合は、厳しいペナルティも課せられるようになっている。
Q:どのような反論か?
関西電力については、発電所を建設するのは神戸製鋼であり、自分たち(関西電力)は関係ないと主張している。仮に発電せよとの通告を出さない場合、神戸製鋼は独立・所有者であり、通告に関係なく発電することができる。電力需給契約を解除することで、他社に売電することもできる。通告を止めても無意味であり、無関係である。進行と関電の間における共同不法行為の成立を主張しているが、関西電力は、神戸製鋼とは別の会社であり、契約に基づき神戸製鋼から電気を売ってもらう立場であり、共同して行っているものではないという2点で反論があった。
Q:関電の反論への再反論は?
電力需給契約の中身が重要です。自社が所有している老朽化した火力発電所の代替で、外部の事業者に入札を呼び掛けて建設し、供給を受けることを考えた。一方、神戸製鋼としては、発電した電気を全部買ってくれる。契約期間も30年で、安定した収益源になる。こうした双方の合意が供給契約という形になっている。原告側としては、実際の契約がどのようになっているのか、関西電力がいうように、簡単に契約を解除することができるのか、また、神戸製鋼は関西電力以外に、130万kWの電力供給を行う先が存在するのか、という点に疑問があり,関西電力が全量を一定期間買い取ることを前提としたものであって、電力供給契約を介した、一体となった発電行為だと捉えている。
Q:大気汚染への見解については?
「今できる限りの技術をもって対策をしている」との反論がなされている。さらに、到達濃度も問題がないレベルになっていること、「環境アセスを通過して国に確定通知という「お墨付き」をもらっていること、神戸市との環境保全協定を締結していて問題ないことなども主張しているまた、PM2.5(非常に小さい物質)については、そもそもアセスの対象になっておらず、拡散モデルも確立されていないので、影響評価を行っていないとしている。
Q:再反論は?
神戸製鋼は、排出する量ではなく、濃度を問題にしている。そうすると、量を出しても拡散して薄まれば問題ないという理屈になる。濃度が薄ければ大丈夫なのか、という点が問題になるが、PM2.5については、閾値がないといわれている。小さい粒子で、健康影響が深刻であることが、研究が進み世界的に明らかになりつつあるにも拘わらず、評価項目となっていないことを理由に、調査しないという姿勢は、人格権、基本的人権に照らし合わせて許されるのか、ということになる。
Q:温暖化については?
CO2の排出について、原告らに排出の差し止めを求める権利はないと主張している。また、排出するが、対策を実施するので、排出は増えないし、CO2削減は、国全体での取り組みが重要で、個別の企業に対して指図することはできないと主張している。
Q: 3-4号機からの温室効果ガス、大気汚染物質の排出量としては?
CO2は692万トン、世界のエネルギー起源の0.02%、1/5000を排出する。大気汚染物質については、SOx289トン、NOxは601トン、ばいじん80トンとされている。
参加者からのQ&A
Q1:制度的な部分について、なぜ環境アセスは環境省がやらずに経産省なのか?
A1:(池田弁護士)例えばコロナ対策について、日本は経済再生担当大臣が行っているように、内閣が経済を国策の中心に据える傾向がある。環境アセスメントも本来は環境大臣がその権限上やるべきという考え方はある。しかしながら、事業を所管する大臣が審査し、環境大臣はその審査に「意見」を言えるという制度になっているのが今の日本における発電所アセスメントの特徴。電力事業というのはまさに経済の根幹にある。アセスメントが「アワスメント」と揶揄されるのもそうした経緯があってのこと。
本件でいうと、国はパリ協定以前の「東京電力の火力電源入札に関する関係局長級会議取りまとめ」に依拠しているからよいという被告の主張がある。これについては、環境大臣の意見と経産大臣がこのとりまとめを見直すという方針をとらない限りは方向転換がなされないことになる。政治、国会の怠慢もある。さらにいうと、2011年の原発事故の後、エネルギー供給をつなぐために、もともと日本が得意だった石炭を使おうとする政策があったが、パリ協定の採択・発効後の脱炭素の加速により、もはや時代遅れになった。こうしたことを国民が国会にアピールし、大臣らに訴えかけていくのが理想的な流れだが、そうならないので裁判を起こしている。
Q2:地球温暖化について、被告はどういう対応なのか。
A2:(池田弁護士)この点については、被告側からの反論が殆どない。行政訴訟では、国はそもそも争点ではないというような対応がなされてきている。こういった経緯から、具体的な被告側の認識がわからない状況である。
Q3:市民が建設に反対していることについて、裁判所はどういう対応(考慮)を示しているか。
A3:(杉田弁護士)裁判に先立つ公害調停において、市民からの反対について被告側にも伝えている。裁判所としては具体的に侵害される権利等について判断するのが本来であるので、反対そのものが判断に関連するわけではない。しかしながら、社会的相当性への意識が高まっている今日、建設への社会的な反対が強くある事自体はひとつの考慮要素になると考えている。
Q4:どうしてここまでして日本は石炭火力発電をしたいのか。そのメリットはなにか。
A4:(浅岡弁護士)もっともな疑問だが、政府といっても一枚岩ではなく、多くの部門からなっており、ことエネルギー部門については経産省の意見がそのまま政策に反映されているのが現状だと考えている。環境省は科学に依拠して、石炭火力発電所の建設を懸念していると推察されるが、「ベースロード電源」に石炭を取り入れる経産省の仕組みは、パリ協定の後でも確認され今後継続したいとするのが日本政府の方針。石炭の調達性、長い歴史の中で扱いに慣れていること、既得権益の存在等があると思う(「今までどおりやるのが楽だ」という考え)。世界が脱炭素で大きく変わろうとしている今、日本がまだ変化に踏み出そうとすらしていないことが大きな問題。コロナの後、大きく経済の仕組みが変わることが予測される今、感染症対策の観点も含めて再検討すべきところである。
Q5:そもそも新設発電所はなぜ必要?裁判費用の総額は?コロナで裁判が止まっていることへの影響は?
A5:(杉田弁護士)まず発電所の必要性について、少なくとも現在では不要であるというのが原告および原告代理人の認識である(もう電力は足りている)。それゆえに環境負荷の高い石炭火力を新規に建設することの不当性を訴えている。
次に裁判費用の負担について、日本の制度上は訴えを起こす側が一旦費用を負担する必要がある(弁護士費用含む)。これは公益裁判において日本が抱える大きな問題のひとつで、今回の裁判もサポーターを中心に多方面からの支援をいただいている。総額としては予測の難しいところであるが、相当額にはなると予測される。
最後にコロナの影響について、集まることができない、期日が取り消されているため、早く裁判が進まないという影響はある。その間も原告代理人としては今後の主張の準備を進めている。皆で影響を最小限にするべく努力を重ねているところである。また、社会にこの問題を訴えかけていくという面でも、対面ではできないデメリットを、今回のようにオンライン等の新しい手段を活用して、前向きに受け止めている。