【声明】神戸製鋼石炭火力発電所稼働差止請求訴訟 大阪高裁判決について(2025/05/01)
【声明】
神戸製鋼石炭火力発電所稼働差止請求訴訟
大阪高裁判決について
2025年5月1日
神戸製鋼石炭火力訴訟原告団・弁護団
2025年4月24日、大阪高等裁判所は、神戸市灘区において2022年及び23年に稼働を開始した株式会社神戸製鋼所(以下「神戸製鋼」)の新設石炭火力発電所2基(以下「新設発電所」)を対象として、地域住民らが2030年までのCO2排出の半減などを求めた訴訟につき、原告の請求を退けた一審判決を支持し控訴を棄却する判決を下しました。
控訴審判決は、PM2.5をはじめとする大気汚染やCO2の大量排出による人格権侵害について、健康被害や気候災害の具体的危険がないなど、ほぼ一審判決と同じ理由により、新設発電所の稼働の差止請求を否定しました。
私たちは、控訴審において新たに、気温上昇が1.5℃を超えない状態において健康で幸福に生きる権利に基づく、2030年におけるCO排出の削減(半減)請求権を主張し、この請求権についての判断に特に注目していました。IPCCの最新の科学的知見によれば気候危機に対してCO2排出削減のペースを速めることが極めて重要だからです。
この点、控訴審判決は、人権侵害を回避するためには、①1.5℃目標の下での世界各地からの多様なCO2排出の急激な削減、②カーボンニュートラルの実現、③CO2濃度の上昇の緩和から安定化へ、④1.5℃目標の達成、⑤人権保護といった経路を辿る必要があるとし、1.5℃目標の達成が人権保護に関わることは認めています。ところが、悪化する気候変動の中で、私たちが共通して脅かされていると主張した「健康で幸福に生きる権利」について、判決は、「生活環境の著しい変化によって失われつつある従前の生活を送る利益」は、人格権の中核である生命、身体、健康との関係では間接的な利益だとしたうえで、概念が抽象的で個々人によって保護法益の範囲が大きく変容することなどを理由に、その権利性を否定しました。
また、2030年において、計画排出量の50%削減を超えて新設発電所からCO2を大量に排出し続けることは、受忍限度を超えて違法だとする私たちの主張についても、カーボンバジェットを基準としたCO2削減を義務付ける法令上の根拠は存在しないなどとして退けました。
控訴審においては、気候変動による近年の生活環境の急激な悪化と、残されたカーボンバジェットの減少の中で、石炭火力発電所からの排出削減を特に優先的に行うべきことを専門家の証言などを通じて立証してきました。にもかかわらず、気候変動による被害の深刻化と対策の遅れに対する切迫感や、新しい困難な課題に司法がどう真摯に取り組むべきかという悩みを本判決から読み取ることは困難です。裁判所は、あくまで公害訴訟の伝統的な法的枠組みに依拠して人権救済の可能性を否定しています。気候変動という新しい形の人権侵害に対して、積極的に人権保護の役割を果たそうとする判決が世界では相次いでいますが、日本の裁判所は自らの役割を放棄したのも同然です。
以上のとおり、本判決は気候変動により深刻化する人権侵害の防止への新たな展望を示すことすら怠る極めて不当な判決です。
しかし、このような危機感と責任感の欠如は、政界、経済界、マスコミ、市民も含めた日本の世論の現状、そして「変われない日本」の反映といえるかもしれません。私たちは、今こそ生活のあらゆる場面において、気候危機の進行と不完全な対策の実情を客観的に見つめ、CO2排出削減への大きな世論を巻き起こすことが求められていることを改めて痛感しました。
2018年9月に提訴した本訴訟は、気候変動による人権侵害を理由にCO2の大量排出行為を正面から争った、日本で初めての本格的な気候変動訴訟であり、裁判所に、そして社会に対して大きな問題提起を行い、議論を巻き起こしてきました。世界では多数の気候変動訴訟が提起されてきた中で、日本国内での訴訟は少数にとどまっていましたが、本訴訟に引き続いて、複数の気候変動訴訟が提起されるに至っています。中でも、昨年は、全国の若者が多くの火力発電所事業者に対してCO2排出の削減を求める「若者気候訴訟」が提起され、本裁判の終盤には多くの若い世代からの応援と参加が得られました。今後、新たに多様な訴訟等が提起されていくことが見込まれます。本訴訟は、日本の司法の場において、気候変動についての法的責任、気候変動対策を問うていくことの道筋を作ったものといえます。
気候変動の深刻な被害者である、若い世代にバトンを引き継ぐことは、私たちの未来への希望にもつながります。今後私たちは、本訴訟で培った経験を活かし、司法の場を中心に気候変動についての責任と対策を問う人々や世論を一層喚起する運動を支援してまいります。
私たちは、以上のような考えのもと、本訴訟については、最高裁に対して上告をしないことに決めました。
最後に、この裁判に対するこれまでの皆さまの励ましに感謝しつつ、今後の運動の継続へのご支援とご理解をお願い申し上げます。
- 声明全文
【PDF】 - 判決文
【PDF】 - 参考
明日を生きるための若者気候訴訟